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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)115号 判決 1973年1月31日

控訴人 網野町森林組合

右訴訟代理人弁護士 谷口義弘

同 谷口忠武

被控訴人 東舞鶴信用金庫

右訴訟代理人弁護士 岡垣久晃

右訴訟復代理人弁護士 嘉根博正

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(一)控訴人「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三一〇万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

(二)被控訴人 主文同旨。

第二、双方の主張および証拠の関係は左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(一)控訴人の主張。

麻田組合長は、訴外会社の多田社長から、加藤支配人に対する供託預金依頼に対し被控訴金庫の岡本常務が「訴外会社の支払能力は信用できるから、供託預金までする必要はない」と主張しているときき、不安をもって引上げ、引続き多田社長の人格、訴外会社の内容等を調査して信用ゼロであることが分った。そこで同組合長は昭和三五年八月三〇日に被控訴金庫に岡本常務を訪ね、立替払若しくは供託預金を強く要求し、次いで翌八月三一日付質疑兼要望書(内容証明郵便)を以て三九〇万五、〇〇〇円の別途積立保管の要求等をしている。

右の次第であるから、原判決の「麻田組合長が岡本常務の反対にあって供託預金が取止めになったことにつき一言の異議も唱えず、従って供託預金の取り決めは解約になった」旨の判断は不当である。

(二)被控訴人の主張

一、被控訴人が控訴人主張の信用保証をした事実はない。被控訴人の貸付係長桜井啓次郎はただサービスとして意見を述べたまでで発言内容をいかに評価するかは第三者の責任とされているのが取引上の常識、慣行であり、桜井係長が多田社長と通謀し、故意に虚偽の事実を申向け控訴人を欺いた事実は絶対にない。

二、次に被控訴人が控訴人主張の預金創設手続を拒否した事実はない。原判決は、「被控訴人より大丈夫だ、その必要がないとの理由で岡本常務が反対している旨の連絡を受けた多田社長がその旨麻田組合長に告げた」と認定するが、多田社長が預金残が不足しているのに麻田組合長に対して五〇〇万円の預金を有すると出鱈目を申向け、預金創設についての必要な資金上の手当につき具体的な申出をしていないこと、その他同人が預金創設に応じた時の状況を考え合わせると、果して同人に預金創設の意思があったかどうか疑わしく、前記電話の内容は、同人が預金創設の実行を回避する方便として、被控訴人からの連絡であるとして案出したものと考えられる。

三、仮りにそうでないとしても、被控訴人の回答は単なる見解であり、これに従うと否とは依頼者側の自由であって、依頼者側において重ねて手続を依頼し、必要な資金面の手当をなすにおいては被控訴人はこれを拒む理由はない。しかるに控訴人らはそれ切り預金創設の申出をせず、控訴人と訴外会社間でその取決めを解消し、自己の責任において問題を処理したものというべく、よって生じた損害を被控訴人が賠償する理由はない。前記控訴人の主張における麻田理事長の八月三〇日の申出および八月三一日付書面は控訴人主張の預金創設に関するものではない。控訴人は七月二日以後主張の預金創設の話は打ち切り、別の要求をしているのである。

四、更に被控訴人には控訴人主張の預金創設手続を履践すべき義務もない。よって、被控訴人が預金手続の履践を理由なく拒否して担保を取得することを妨げ、控訴人の債権の実質的価値を低下させて控訴人の債権を侵害したとの控訴人の主張は理由がない。

五、被控訴人が控訴人主張の八月三一日付内容証明郵便を受取ったことは認める(原判決事実五枚目裏最終行から六枚目表一行目までの認否はその趣旨である。)

(三)証拠関係<省略>

理由

一、当裁判所も控訴人の請求は理由がないと判断するものであって、その理由は左に付加訂正するほか原判決理由と同一(但し原判決理由の四枚目表四行目の「金融取引、状況」は「金融取引状況」の誤記)であるからこれを引用する。

(一)原判決理由一について。

およそ一般に金融機関が自己の取引先についての信用に関する問合わせに応じてこれに答える例は珍らしくない。しかしその回答について、その金融機関に何らかの法律上の責任を負わしめることのできるのは、予めその旨を告知して回答を求めるとか、或は金融機関の側で自発的に誤りがあれば責任を持つことを約したとか、或は金融機関がことさら取引の一方のための利を図り若しくは回答につき人違いその他過失が存したという様な特別の事由の存する場合でなければならない。

そうでない限りは、たとえ「信用がある」とか「大丈夫だ」とか答えても、それは単に一応の回答に止まり、その取扱と判断はこれを求めた者の責任に委ねられるべく、そのことによって金融機関が、右回答が誤りであったことによって直ちに何らかの責任を負い、又はその信用を保証したものと解することはできない。

本件においても、右特段の事情は認められず、かえって被控訴金庫の一係長が、当該信用の有無を問われている顧客の面前で聞かれたもので、その際若し控訴人から前記のように予め回答に法律上の責任を問うことを告げられたとすれば、当然回答を留保して上司と図ったであろうと思われるのに、即座に同人の判断のみで答えている点からみても、右一応の回答に止まるものであって、これを受けた控訴人において、これに一応の参考以上のものを期待するのは無理があるといわなければならない。

(二)原判決理由二について。

控訴人の主張は要するに、被控訴金庫の岡本常務が主張の供託預金の手続を積極的に拒否したことを前提に被控訴人の責任を追及するものであるが、右拒絶の事実は被控訴人が極力争うところであるに拘わらず、この点の証拠は麻田組合長の供述が存するのみである。

しかしながら、

(1)金融機関の性質上、正規の手続をとって預金の申込を受ければこれを拒むことは許されないばかりか、金融機関としてはできるだけ多くの預金獲得に努力するのが常であって、金融機関が預金の申込を拒絶するというのは、よくよくの事情が存する場合の他はたやすく考えられず、本件においても主張の供託預金が実現すれば、訴外会社と控訴人間の係争が片付くまで長期間固定されるので、被控訴人にもむしろ望ましいと考えられる。

(2)一方七月二日当時、訴外会社と控訴人間で供託預金の引き当てとすることが約された訴外会社の当座預金残高は、実は一七五万円余しかなく(乙第一号証)、別途七〇〇万円の定期預金(乙第三号証の一、二)は手形割引一六四万円余、手形貸付一、二八〇万円の担保となっていて(乙第四、五号証の各一、二、原審証人桜井啓次郎の証言)、これを主張の供託預金の引き当てとすることはできなかったのであるから、訴外会社は正式に預金申込をすることも不能であったことが認められる。

(3)しかも控訴人においてどうしても供託預金を望むならば、被控訴人の主張三のとおり、訴外会社の押印を求めて正式に預金手続を践めばよく、加藤信清が依頼の趣旨をメモして持ち帰ったというだけで、その他には麻田組合長が右正式の手続を践もうとした形跡は何もなく、その後調査と称して二ヵ月も日を費してもいる。

(4)また本件において被控訴人が訴外会社とことさら通謀したと認めるに足る証拠はないし、当審証人麻田勇平の証言中、八月三〇日に重ねて預金申込をしたとの点は、同人の原審証言に照らしてもたやすく措信し難く、他にその時点でも正式な手続を践もうとした事実はなく、八月三一日の書面もこれを預金の申込とみることはできない。

してみると、麻田組合長が多田社長から連絡の電話を受けたとき、直ちに岡本常務にこの点の意向を確めることをしたならば格別、これをしなかったのであるから、被控訴人が主張二に指摘する様に、多田社長の電話回答の内容は同人が方便として岡本常務に責任を転化したとみる余地が充分にあり、前掲麻田組合長の供述のみでは、岡本常務が拒絶したとの事実を認定するに充分ではない。

右のとおり、岡本常務が預金の申込を拒絶した事実の認められない以上、控訴人と訴外会社との間で供託預金の約定の解約をしたか否かとは無関係に、控訴人の被控訴人に対する請求はその前提を欠き失当として排斥を免れない。よって原判決理由中、控訴人と訴外会社間で供託預金の取り決めを解約したとの判断およびこれを前提に控訴人の請求を排斥する説示は前記のとおり訂正する。

二、従って被控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であって本件控訴は理由がない。よって民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 常安政夫 潮久郎)

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